子育てについて~子どもを思い通りに育てることはできません

こんばんは

今日は子育てについて書いてみようかなっと思ってます

僕には中学一年生の娘と、小学校一年生の息子がいます

僕が今までこの二人の子供たちと接してきた経験を基に思ったところを書いてみようかなとおもいます!

タイトルに沿って書いていくにあたって誤解してほしくないのは子どもを思い通りに育てることはできないけども親が思う方向に導いてあげることはできますので誤解のないようにお願いしますね

親の願望

挨拶のできる子に

僕も幸せなことに子供を二人も育てる機会に恵まれ、日頃から四苦八苦しながら子育てと呼べるかわからないけど頑張ってあるつもりです

五体満足で生まれてくれればそれでいいと心から思ったつもりの出産時から考えたら、正直僕も人の子なんで子供に対してやましい願望も生まれてきました

たぶん他の親御さんも同じような願望って持ってるんじゃないかと思うんですよね

  • きちんと挨拶できる子になってほしい
  • 自立した子に
  • 運動神経のいい子に
  • 勉強のできる子に

あげればきりがないですね

でも、きっと挨拶ができる子にしたいと思い、しつけをしなきゃと思ったあなたは、子供に対して、

あいさつをしなさい

って言ってしまいますよね

子供はきっとあいさつって何でしなきゃいけないんだろうっておもってます

なぜなら、親が言う

「あいさつをしなさい」

は、

「あいさつをしてくれないと私が子供もしつけられない恥ずかしい親だって思われるでしょ」

が入ってます

というかこれのみです

子供に挨拶ができるようになってほしいというのはそれこそ二の次です

ここで自分が思うのは、子どもに挨拶ができるようになってほしいのなら自分から挨拶をします

もし、たとえば子どもと一緒にいるときに近所の人に会ったときにはこれ見よがしにわざとらしく大袈裟に…

また、朝起きたとき、子供に対して大袈裟におはようってあいさつします

すると、不思議とこどもも近所の人に挨拶するようになってます

これ、不思議なんですけど本当です

大人もこれをやりなさいって言ってもやりたくなくなりますよね

大人が嫌なことを大人がこどもに押し付けているだけなんです

こどもはあいさつなんてできません

最初はね

でも、いちばん身近な親が手本(そんなに大したものではないですが)を見せ続けることで子どもに伝わります

そしたら次は僕もやってみようってなります

勇気を出して挨拶した結果近所のおばちゃんはあら挨拶ができてえらいねー

って言ってくれます

そしたらあいさつは誉められる

っていう動機が生まれます

この動機は自分で起こしたものです

しろと言われてした動機と全く違うものです

そうすると気持ちいいなって思います

そうしたらもうこっちのものです

挨拶のできる子が誕生ですね

文章で書くとあっという間ですが実はこのやり方、時間がかかります

親も忍耐が必要です

何しろ近所のおばちゃんを子供は無視してるわけですから

それに近所のおばちゃんの協力も必要です

挨拶できてえらいねーって言ってくれたら助かります(笑)

そんな口裏あわせはしませんけどねw

なので時間がかかります

自立した子に

自立した子…なかなか定義が難しいですが僕が子供たちにしつけとして考えてるのは、靴を脱いだら揃えて家に上がるってことです

これも、挨拶同様さいしょは親自身がやって見せます

このとき子どもたちに揃えなさいと言う必要はありません

僕たち親がもくもくとやればいいんです

そう、黙々とです

本当に時間がかかります

子どもたちが気づいて自分も靴を揃えようってなるまで、それはそれは果てしないほど時間がかかります

これこそ忍耐です

でも、靴を揃えるって言うのは自立した個人になるために必要な要素を含んでいると思うんです

自分が脱いだもの、使ったものの後片付け

それには使った物への感謝の気持ち

使ったものをきれいに整える気持ち(整理整頓)

バタバタ家に上がるんではなくて一呼吸おいて行動できる判断力と行動力

次履くときに(使うときに)履きやすい状態を作る先を見据える力

目立たないまた、見られてなくてもやれる、行為への誠実さ

いろんな要素があると思います

僕はしつけをする上で靴揃えは重要視してますね

運動神経のいい子に

運動神経のいい子に育てたければ、子供の行動に口出し手出ししないことですね

また、干渉しすぎないことです

どういうことかと言うと子供は遊びの天才です

親が色々と与えなくても実は遊びを考えることに関しては天才的です

その辺にある紙を切り刻んで紙吹雪のようにして上にぶん投げて、きゃっきゃいって遊びます

その辺にある石ころを蹴ってどこまでも追いかけていきます

アリの行列をいつまでも見てます

ありが餌を運んでいようものならものすごくキラキラした目で、好奇心旺盛の目でずーっとみてます

集中力も大したものです

階段を二段三段と飛び降ります

ここで多くの親は危ないからやめなさいといいます

二段三段飛び降りることで運動神経がよくなるかもしれないのに、運動神経がよくなってほしいと思ってる親がやめなさいと言うんです

こどもは色んな遊びを考えて小呂んなチャレンジをします

階段を飛び降りることで空中での体のバランス感覚だって養えるかもしれません

着地によって骨や筋肉に刺激を与え強くなるかもしれません

運動神経もいいこだといいなと思っていながら逆行したことをしています

怪我をしてほしくないと言うのはわかります

なら逆に階段の下で待ち構えてジャンプした子供をキャッチしてみたらどうでしょう

お母さんは難しいかもしれませんがそれはお父さんの役割です

また、子供と相撲ごっこなどの肉弾戦もするべきです

ときには突き放して倒したりしてもいいと思います

こけ方、倒れかたを学べるチャンスです

こけなれてない、倒れ慣れてない子供はきっと危ないからとそういう経験をするチャンスをことごとく排除されてきたんだと思います

僕の息子は例えば友達とぶつかってこけるときは背中を丸めてくるっと半回転して受け身をとり、柔らかくこけます

でもほかの子供を見てると後ろに倒れたとき、頭からもろに「ごんっ」て倒れてしまいます

怪我をしないようにと守ってきた子供が自分で自分を守れなくなってしまっているという…悲しい現実ですね

最近はこういうことを言うと叩かれますが小さい怪我はした方がいいとおもってます

どんなことをしたらどれくらい痛いんだ?

これ以上はやっちゃまずいなって感覚が養われます

それはきっと他人に対してもそうでしょう

まとめ

言いたいことを書いてきましたが、結局は親が口を出しすぎると逆に子供は成長のチャンスを摘まれてしまってるってことですね

赤ちゃんの仕事は泣くこと

子供の仕事は遊ぶことです

大人になったら仕事しましょう、稼ぎましょう

子供は遊びの中からいろんなことを学びます

特に親がみてないところで大きくなります。成長します。

本当に危ないときだけ、人に迷惑をかけるときだけ(人に迷惑をかけながら成長もします)大人が少しだけ介入してみるといいのかもしれませんね

今日は子供を思い通りに育てることはできないをテーマに書いてみました

実は少しテーマから外れたなって感じは否めません

また子育てに関しての記事もアップしていきますのでよろしくおねがいします