男の子の子育てに父親も関わろう

イクメンなんて言葉がはやり始めて久しいですが、僕はイクメンという言葉はあまり好きではありません
子育てなんて言うものはそれこそ夫婦で共同で行うものでしょうし、当たり前に行われることだと考えるからです

今日は特に、ママから挙げられる男の子は子育てが大変という声もあり、父親が男の子の子育てにかかわることの大切さを書いてみたいと思います

かくいう私も、男の子の父親となって、早7年になります
息子も小学生になりました
そんな僕が、これからいろいろな経験を積んでいくであろう息子の子育てに対して考えることを書いていきます
20年後とかに見返してみて、こんなこと考えてたんだなぁと振り返られたらいいなと思いますね

男の子の子育てで大切にしていること

生まれてからの数年というのは、母の愛がすべてだといえるくらい、母親の愛は尊いものであるといえると思います

そこは確かに父親が踏み入れることのできない神聖な場所のような気がします

だからこの時期男は母親のサポートに回ることが多くなり、面白くなく、父親を放棄する人が増えるんだと思います  もったいない

しかし、いつか必ず、母親の愛から父親の愛へと変わるとき、変わらなければならない時が必ず来ると思う

なぜかというとやはり母親の愛だけでは社会性を学ぶことができないと思う

自立した男として社会で生きていくためには父親の厳しさ、背中のかっこよさが必要かなと思います

その時にいきなり父親面しても遅いと思う なかなか挽回できないと思う

そんな時のためにしっかりと母親のサポートを行い、いつでも父親になる準備を進めておきましょう

僕は「その時」が来た時に「こうしよう」と考えていることがいくつかあります

まずは

自己肯定感の強化

自己肯定感はまずは母親の愛ではぐくまれると思います

僕はここにいていいんだ

生まれてきていいんだ

家族の一員なんだ

自分は社会から認められている

こういったまずは自分を、自分の生き方を肯定する気持ちは母親の愛ではぐくまれます

ハグされたりスキンシップを重ね、はぐくまれると思います

僕がここで、自己肯定感の「強化」と書いたのは、そこが、父親の役目だと思ったからです

母親から受け継いだ自己肯定感を父親が強化します

お前の居場所はここにある

だから思い切って行きなさいと背中を押せるように育てる

まさに小学校に入学する際、不安な気持ちに押しつぶされそうな息子の姿はありました

教室に向かう息子は何度かこちらを振り返りましたが、何かを振り払うように自分で教室に向かいました

ここで、母親から得た自己肯定感がなければ、自分の居場所、帰る場所がないような気がして自分で教室に向かえなかったと思います

そこに自分も立ち会えて、「いいから行ってきなさい」と背中を押せたと思っています

僕による自己肯定感の強化がなければ母親のところに帰ってきていたと思います

そんな自己肯定感の強化を僕はどうしたかというと、とりあえず興味を示したものはほぼすべて自分でやらせるようにしました

こんなことがありました

僕は仕事にお弁当を自分で作って持って行っているんですが、卵焼きを作っている時でした

息子が何作ってるの?

と聞いてきました

チャンスだと思いました

やってみる?って聞いたら満面の笑みで

「やってみる」と

まずは卵の割り方からでした、最初はもちろん卵はぐしゃぐしゃになりましたが、僕は意識的に大爆笑して、自分も卵をぐしゃぐしゃにして見せました

そうすることで、卵はぐしゃぐしゃになってもいいんだという考えになったと思います

僕は卵焼きができなければスクランブルエッグにしようと決めていたので、終始、おおらかに接することができました

このように、ミスをしても

「問題ない」「いいから最後までやってみよう」というスタンスでいることが大事だと、僕は息子から学びました

そのようなことも何度かあり、失敗しても何とかなるっていう自己肯定感の強化を実施中です

自信を持たせる

ここでいう自信というのは、

俺はすごいんだぜ

俺は何でもできるんだぜ

っていう裸の王様的なものではないです

最後までやり通せる精神というか、失敗を恐れず、最後まで取り組めること

失敗してもなぜ失敗したのか、どうしたらうまくいくのか、もっと良くするためにはどうすればいいのかを考えられるようになってほしいです

そのために親は忍耐が必要です

折り紙などでもこのままでは失敗するなと思っても、失敗させてみることです

聞いてきたときには答えは教えず、一緒に調べたり、考えたりします

その結果、説明書にはこう書いてるけどこのやり方でもできるなということを見つけたりできます

そういう小さな経験を少しずつ積み重ねてやり遂げる自信をはぐくんでいきます

そしてその結果成功にたどり着いたなら大げさに喜んであげます

自分の場合、折り紙で何か作り上げたときは大げさに喜んで立ち上がって抱き上げてジャイアントスイングしたりしていました笑

めちゃめちゃ喜んでいたし、もう一回もう一回とエンドレス催促になってしまいました笑

社会のルールを伝える(ダメなものはダメだという最後の番人)

ここまでは比較的やりたいようにやらせ、失敗しても考えさせてやり遂げるというスタンスでしたがここからは少し違います

小学校にしろ中学校高校にしろ社会に出るときにしろ、どんどん社会のルールというものがのしかかってきます

特に男は社会に出て働くことが求められます

社会のルールの中で

なんでこれをしたらダメなの?に対して、ダメなものはダメなんだと厳しく伝えられる親になりたいです

多少理不尽だと思えることも、自分の中で消化して、前に進めるような男に育てたいです

僕の父親の話です

ある夕食の時、おかずが気に入らなかった僕は母親に文句を言いました

それに対して母親も、そんなこと言われても・・・

といった感じで、困っていたと思います

その時一部始終を聞いていた父に

文句言うなら食わんでいい!!

と一喝されました

僕は父親に対して尊敬と威厳を感じていたので、父親にそこまで言われると何も言えませんでした

社会のルールは時に、理不尽ですが理不尽さは人を育てることもあります

我慢する・・ではないけど、自分の中で消化し、前に進める人になってほしいですね

強さとはやさしさだということ

男の子はよくケンカします

僕は子供のケンカは止めません

相手をたたいたら自分も痛いです

仲直り出来なかったらその夜は悔しくて、相手が気になって眠れません

こういった経験も必要です

でもケンカは暴力が伴うことがあります

子供のころはケンカに勝つことが一つ、強さのバロメーターになっていることがあります

でもそれは違う

それは本当の強さではない

一見暴力でも、そこに至る自分の思いや意思や、心の奥底にある熱い気持ちが大事だと思っています

僕は強さとは相手を許せるやさしさだと思っています

そういう考えに至れるような男になってほしいです

一つ前に戻るようですが女の子に暴力を振るったらなんでダメなのか?

答えなんてありません

ダメなものはダメなんだと

会津藩の藩士の什の掟にもありますよね

ならぬことはならぬものです

まとめ

以上、僕が今後の子育てで意識していきたいことを上げてみました

なんか哲学っぽくなって重い部分もありましたが熱い気持ちを汲んでいただければと思います